明治時代 解答
不平等条約の問題点
治外法権(領事裁判権)・・・外国人が日本で犯罪を犯したとしても、日本の法律で裁かれない権利。当時の日本はこれを「撤廃」をする必要があった。
関税自主権・・・自分の国の関税を自由に決めることのできる権利。自国の産業を保護するためのもの。当時の日本はこれを「回復」をする必要があった。
明治政府のたてたスローガン
富国強兵・・・国の軍事力を強化して、勢いを増すこと。
殖産興業・・・国の産業を盛んにすること。
@国の基礎作りをしていた時期のひきだし
1871年
廃藩置県・・・中央集権国家の土台を築いた。
富岡製糸場 (殖産興業)
岩倉使節団(岩倉遣欧使節)・・・初めて条約改正交渉に臨んだものの失敗。
1872年
新橋・横浜間に鉄道開通(殖産興業)
1873年
地租改正
徴兵令(富国強兵)
欧化政策で失敗したもの
鹿鳴館
A国会開設に至るいきさつの引きだし
1873年 征韓論争
→西郷隆盛はその後西南戦争へ。
→板垣退助は藩閥政治を批判し民撰議院設立建白書を提出した。自由民権運動が全国で起こった。
1881年 国会開設の勅諭(詔)・・・憲法調査で伊藤博文らをヨーロッパに派遣。
1889年 大日本帝国憲法の発布
1890年 第一回帝国議会
B日清戦争前後の流れのの引きだし
1876年 日朝修好条規・・・日本としては初の日本優位の不平等条約。
1894年 甲午農民戦争→日清戦争へ
1895年 下関条約・・・多額の賠償金の他、台湾、遼東半島などを日本に割譲。
三国干渉・・・遼東半島の返還。
1901年 官営八幡製鉄所・・・下関条約で得た賠償金を使って設立(殖産興業)。
C日露戦争前後の流れの引きだし
1895年 三国干渉・・・ロシアなど三カ国が下関条約に横やりを入れた。
1902年 日英同盟・・・(背景)日本としてはロシアと戦争するときに備えて後ろ盾が欲しかった。 英国としてはロシアの南下政策を警戒していた。
1904年 日露戦争
1905年 ポーツマス条約・・・(背景)ロシアでは国内で革命の機運が高まっていて、日本とこれ以上戦争をしている余裕がなかった。日本もまたこれ以上戦争を続ける国力がなかった。
内容とその後のいきさつ
(1)賠償金が取れなかった→これを期待していた国民が激怒し、日比谷焼打ち事件が発生。
(2)ロシアが日本の朝鮮半島における優越権を認めた→日本は韓国には統監府を設置・・・初代統監は伊藤博文。結果として韓国人の恨みを買い、後に伊藤は暗殺された。
1910年 韓国併合・・・韓国を植民地化した。
明治時代に成し遂げたこと→不平等条約改正に成功
1894年 治外法権の撤廃・・・陸奥宗光が成し遂げた。
1911年 関税自主権の回復・・・小村寿太郎が成し遂げた。
明治時代 問題
不平等条約の問題点
( )(領事裁判権)・・・外国人が日本で犯罪を犯したとしても、日本の法律で裁かれない権利。( )をする必要があった。
( )・・・自分の国の関税を自由に決めることのできる権利。( )をする必要があった。
明治政府のたてたスローガン
( )・・・国の軍事力を強化して、勢いを増すこと。
( )・・・国の産業を盛んにすること。
@国の基礎作りの時期
1871年
( )
( )(殖産興業)
( )・・・条約改正交渉に臨んだものの失敗。
1872年
( )間に鉄道開通(殖産興業)
1873年
( )
( )(富国強兵)
欧化政策で失敗したもの
( )
A国会開設の引きだし
1873年 ( )論争
→( )はその後( )へ。
→( )は藩閥政治を批判し( )を提出した。これをきっかけに( )が全国でおこった。
1881年 ( )・・・憲法調査で( )らをヨーロッパに派遣。
1889年 ( )の発布
1890年 ( )
B日清戦争の引きだし
1876年 ( )・・・日本としては初の日本優位の不平等条約。
1894年 ( )→日清戦争へ
1895年 ( )・・・多額の賠償金の他、台湾、遼東半島などを日本に割譲
( )・・・上記の条約で獲得した遼東半島を返還させられた。
1901年 ( )・・・下関条約で得た賠償金を使って設立(殖産興業)。
C日露戦争の引きだし
1895年 ( )・・・ロシアなど三カ国が下関条約に横やりを入れた。
1902年 ( )・・・(背景)日本としてはロシアと戦争するときに備えて後ろ盾が欲しかった。 英国としてはロシアの南下政策を警戒していた。
1904年 ( )
1905年 ( )・・・(背景)ロシアでは国内で革命の機運が高まっていて、日本とこれ以上戦争をしている余裕がなかった。日本もまたこれ以上戦争を続ける国力がなかった。
条約の内容とその後のいきさつ
(1)賠償金が取れなかった→これを期待していた国民が激怒し( )事件が発生。
(2)ロシアが日本の朝鮮半島における優越権を認めた→日本は韓国に( )を設置した。初代統監は( )。結果として韓国人の恨みを買い、後に伊藤は暗殺された。
1910年 ( )・・・韓国を植民地化した。
明治時代に成し遂げたこと→不平等条約改正に成功した
1894年 治外法権の撤廃・・・( )が成し遂げた。
1911年 関税自主権の回復・・・( )が成し遂げた。